電話・面談占い

哲 理 館

tetsurikan

電話:092-865-2389
営業時間10:00~22:00


≪なぜ陰陽には相補性があるのか 1≫

陰陽が直ちに入れ替わるというのは、陰陽の対立ではなく、陰陽の相互否定媒介的関係を意味する。あるものが定義されるためには、その対義語が定義されねばならないのである。我々が世界を感覚し認識するためには、コントラストが必要なのである。

≪なぜ陰陽には相補性があるのか 2≫

東洋的な時間には、静止して動かない時間「無時間」の思想というのがあるのではないか。

そして、時間そのものは存在せず、時間そのものがないのであれば、存在するのは空間だけになるのではないか。ある一つの「無時間の空間」から、また別の「無時間の空間」への移動、あるいは移行が時間現象の本質なのではないか。

≪易学的時間≫

時間は、存在によって生み出される。易卦の構造では、時間が構造により生み出され、その構造を持つ存在に固有の時間が出現するという形で時間が記述される。この立場に立てば、時間は独立では存在せず、空間自体が各々の静的な時間を我々に体験させるだけである。誤解を恐れずに言えば、物理現象としての時間は存在しないことになる。このような立場に立てば、時間は空間によって生み出されるのである。これが、時間が存在に固有の意味と機能を与えるという「東洋的時間区分」の背景にある「秘密のカギ」である。

≪『陰陽の消長』ということ≫

もともと存在しない時間は、生命現象のもとで知覚される。生命の本質は時間なのである。時間は命なのである。われわれのいのち「生命」という現象の始まりは、時間の始まりであり、時間に始まりがあるということは終わりがある。そこでは、閉じた時間・完結した時間が、相互否定媒介的に連続する。かくて時間は、実在のごとく機能するのである。

≪太極図の謎を解く≫

太極は無極ということは、太極にはスピンがないということである。我々が見慣れた太極図というのは、陰陽の回転で、まさにスピンである。世界は確かに陰陽で成り立っている。スピンがあるように感覚され、そのような陰陽循環現象が起こるのは、まさにまぎれもない体験的事実である。だが、そのような太極のさらなる太極は陰陽消長を超越しているのである。その中心をこそ強く観想すべきである。そこは確かに冲虚を超えた虚としての極、無極なのである。運動と静止が一体となり、時間を超え空間を超えた極でさえないもの、つまり「無極」あってこその「太極」なのである。